わたしのみだし

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バイビーと言って車で去る

ニシ浜でシュノーケリングするべく道具をレンタルしに行ったら、喋り出したら止まらない60過ぎくらいのおじさん(東盛さん、てっちゃん)に今は干潮だから危なくて泳げないよと言われて貸してもらえず、代わりに泡波の麦茶割りを一杯もらった。隣には2年間働かず釣りして食べてる具合の悪そうなつるっぱげのおじさん(名前を忘れた)がいた。飲んでから浜に出て、浜から戻って来たときにてっちゃんに家飲みに誘われた。とりあえず携帯番号を交換する。

今日は月曜から夜ふかし波照間島が放送される日だった。今月の頭に3日ほどクルーの取材があったという。てっちゃんは道具のレンタル業をしているが、同時に音楽を愛する男で、客を待ちながらギターの練習をしているタイミングで突撃取材を受けた。だから一、二曲披露した。それから何度かプロデューサーとのメールや電話のやり取りがあって、東盛さんのシーンを放送させていただきますという話だったのだが、放送日の今日の朝10時ごろ、そのシーンは放送しないことになったと電話が入った。てっちゃんはすでに、浮かれて多くの知り合いにテレビに出るぞと言った後だったから、怒り心頭で、しかし本人曰く根は優しいから表には出さず、静かにその知らせを受け取った。

テレビに出ないことになったという取り消しの連絡を方々にすることになった。この家飲みはてっちゃんの愚痴をぶちまける会であった。ビールとともに、てっちゃんの酔いと愚痴は加速する。人を騙すような真似をするなんて。俺は騙すか騙されるかだったら騙されるのを選ぶね。騙されても俺は平気だが、騙した奴は人を騙したことにずっと負い目を感じながら生きていくんだ、と何度言ったか分からない。僕は(てっちゃんが言うような状況も含意して)人を騙すような人と別の地平に存立することで相手の鼻をあかすという意味で「騙すやつを騙す」というようなことを言ったが、あまり伝わらなかったようだ。結局、20時過ぎに訪れたてっちゃんの先輩(仲底さん、シャマー=先輩のような、目上の人を呼ぶ波照間の方言)の家を出たのは翌1時のことだった。

てっちゃんとシャマーの関係は素敵だった。ふたりとも独身で、他にすることがないからと毎日のように会っている。シャマーは「今日だけは好きに言いな」とてっちゃんを笑って見ている。でも先輩らしく、度が過ぎた発言にはしっかり叱る。昔の沖縄では上下関係は絶対だったという。サトウキビ栽培が支配的な産業の島で、農家のおじぃおばぁにとって、てっちゃんは座ってギター弾きながら観光客と話す楽しげな男に見える。有る事無い事言われる。でも、干潮の時は危険だと言って貸せば儲かる道具を貸さなかったり、人の出会いがつながるのが好きなんだと言ったりと、てっちゃんにはてっちゃんの物語があって今の暮らしがある。シャマーはそれを分かっている。

23時過ぎ、東京に住むてっちゃんとシャマーの共通の友人から電話があった。番組は沖縄では0時半から放送されるが、東京は22時からで、タイムラグがある。先に結果を知った友人によって、やっぱりてっちゃんは出ていないこと、そのかわりシャマーの兄である波照間小中学校の校長先生と、2年働いていないおじさんが出ていたことを知る。それで、つければ映るテレビがあったのに、ちらりとも番組を見なかった。ベロベロのてっちゃんは軽トラで帰っていった。

追記:翌日、石垣島へのフェリー乗り場にてっちゃんとシャマーがいた(フェリー乗り場には石垣からの荷物を受け取るために島民が集まる)。つるっぱげのおじさんの名前は、こんちゃんだった。