わたしのみだし

見出しだけでも読んでください

中東情勢に関する関係閣僚会議(第3回)を受けて

前回の記事でナフサの現況を推測しましたが、10日に行われた中東情勢に関する関係閣僚会議(第3回)経済産業省提出資料が公開されて、かなり話が変わってきました。先の記事に追記する形でちょろっと訂正していたのですが、多分誰にも読まれてないので新しい記事にしておきます。

特に重要なのが以下の図です。

5日の首相の発信だけでなくこの10日の経済産業省の資料にも「川中製品の在庫2ヶ月分(ナフサ精製が仮にゼロであっても需要を満たす供給ができる期間)」とあります。これにより在庫を活用できる期間が半年以上伸びるという話なので、首相の説明とこの記事の計算(川中在庫を活用できる期間は7ヶ月弱)も一致します。3/31時点の資料の僕の解釈が間違っていました。前提が大きく変わったので先の記事の推測は間違っています。すみません!政府を信じて引き続き見守ります。

ただこの資料の図は、具体的な数字がなく楽観的な予測に見えるばかりか、「日本が確保できるナフサの量」である①②と「川下に流れる川中製品の量」である③④を一緒に描いており不適切です。①②ではなく、「ナフサ分解工場が消費するナフサの量(=生産する川中製品の量)」と③④をあわせて表記するべきです。また、右下に小さく「※各川中製品によって製品在庫の期間は異なるため、各川中製品の供給状況を注視の上、製品調達等も検討。」、図中にも「化学製品輸出減も想定」と書かれており、実際にすべての製品がこの期間確保されているわけではなさそうです。さらには川中製品が尽きた後のナフサ不足についてはどうにも打つ手が無さそうなことなど、この図に書かれている内容だけでも不安な点は多いです。

ところで今日14日、シンナーが不足しているという報道を受け、赤沢大臣は本日の会見のこの部分で、一部のメーカーの話として「石油化学メーカーや商社が5月以降の供給が未定と通達したことで、下流のシンナーメーカーや卸小売業者が4月の出荷を半減したことが原因」という趣旨の説明をし、状況を共有することで解消済みと述べました。一方、日本塗装工業会の会見も今日行われて、現状の認識についてこの部分では「川中のメーカーや卸が売り渋っているのではないようだ」、また赤沢大臣の会見内容を踏まえたこの質問に対しては、状況は「全く解決はされていない」と述べており、政府と現場の認識の違いの大きさが感じられます。

停戦交渉がまとまらなかったり、機雷が撒かれたり、トランプが封鎖し返したり。この先行きの不透明な中で、あと半年分もあると見るか半年分しかないと見るかは判断が分かれるところでしょう。さらに直近では量の問題以上に価格の問題が深刻化しそうです。この状況で、経営者として出荷量を落として細く長く生き延びようとするのは理解できることですし、それを単なる目詰まりと表現することには強い違和感があります。僕みたいな不安がりの一般人も余計な邪推をしてしまいます。どう見ても政府がブラックボックスの中で統制しきれる危機ではありません。国民に現在の問題を周知したうえで協力を要請する方が後々の混乱が小さくなるのではないでしょうか。「日本全体として必要となる量は確保されている」の一点張りではなく、政府には手元にある川中在庫の品目ごとの具体的な量や、封鎖が解除または長期化した場合のシナリオ、通行再開に向けた外交の方針などを判断材料として公開してほしいです。まあ、本気で期待はしていませんが……。

国内だけで手一杯なのに、さらに混乱している他のアジアの国々に依存するサプライチェーンの状況までは政府は把握しきれているはずがなく、今後も予測のつかないところで急なモノ不足が起こるでしょう。資源価格の高騰が川下製品に転嫁されるのも確実です。市民にできることはほとんどないですが、少なくとも自分にとって絶対に必要なものだけは手元に確保しておくのが良いと思います。

ナフサで「日本が詰む」のはいつなのか

訂正(4/14 追記)

4/10の中東情勢に関する関係閣僚会議(第3回)を受けて、この記事が前提としている内容に間違いがあることがわかりました。よってこの記事の最終的な推測も間違っています。詳しくはこちら↓

t12u.hatenablog.com

(追記終わり)

ナフサを取り巻く混乱

イラン戦争開戦からはや一ヶ月以上が経ちました。日本でも影響が出始めていて、まずX上で製造業の方たちの嘆きが見られた後、多くの石油化学系メーカーが値上げを発表という報道。シンナーや建材の不足はテレビでも取り上げられるほど目立ち始めました。

その原因の一つはナフサから作られる製品の供給不足です。ナフサはあらゆるプラスチック製品の原料となる無色透明の液体で、石油コンビナートで原油を使って生産されます。日本はナフサの実質ほとんどを中東からの輸入に頼っており、ホルムズ海峡が事実上封鎖された今、ナフサの供給懸念が深刻になっています。

そんな中、高市首相は5日Xで以下の投稿をしました。

これはTBSの番組『報道特集』に出演した境野春彦氏の発言「間違いなく今の状況が続いたら6月には詰むんですよ、日本」を念頭に置いた投稿だったようです。これを受けて報道特集はX上で釈明を行っています。

一体どちらが正しいのか、X上では水掛け論のような状態になってしまっています。

そこで、首相の投稿や政府発表の資料等をもとに、現在の政府および首相のナフサの需給状況に対する認識をなるべく数値で探ります。僕はその影響の大きさゆえにこの危機にかなり関心がありますが、とはいえ3月まで石油化学業界のことなんて何も知りませんでしたし、推測も多分に含んでいますので間違いもあるかもしれません。あしからず。

まとめ

  • 高市首相は、経済産業省の発表と整合性の取れない誤った現状認識をしている。
  • 報道特集出演の境野春彦氏は、川下製品の在庫を考慮していない。
  • 6月にいきなり詰むわけではなく、半年後まで在庫を切り崩しつつ弱いところからジワジワ詰んでいく。
  • 3月のナフサの国内生産量は平時の9割程度に減産していると思われ、一部で供給制限が始まっている。

ナフサの在庫が尽きるまで

首相の挙げた数字をもとにナフサの在庫が尽きるまでの期間を計算します。

  • 原油からの生産量は110万kL/月。
  • 輸入量は90万kL/月で、5月以降もこの量を確保できると仮定します。
  • 消費量は280万kL/月。
  • 在庫は187万kL(=280/30×20)とします。最新の石油統計速報によると2月末時点では140万kLですが、あちこちで20日分と推計されているので従います。

すると、在庫を使い切って生産が需要に追いつかなくなるのは、

(生産量 + 輸入量) × 月数 + 在庫 = 消費量 × 月数
(110 + 90)x + 187 = 280x
x = 2.34

より、約2ヶ月後とわかります。

4月3日に中東からの最後の原油タンカーが到着しました。輸入量からして最後のナフサタンカーは数日はやく到着していたと考えるのが自然なので、その時点から計算すると6月にはナフサの在庫を使い果たしてしまいます。

5月6月の輸入量が大きく増えることはないでしょう。4月の中東以外からの輸入量が倍というのは3月から必死にかき集めた結果であり、今後ますます高まるであろう価格や、世界中で増産の余地があまりないこと、多くの国が不足していることを考えると同量確保するので精一杯だろうと思います。

よって、境野春彦氏は在庫を使い果たすこの時を以て「詰む」と表現しました。

ナフサの在庫が尽きてから

この時点以降で消費できるナフサは、

(生産量 + 輸入量) / 消費量
= (110 + 90) / 280
= 0.714

より、平時の約7割となります。

原油精製量を増やしてナフサ生産量を上げるとしても、石油統計の高い月と比較すると高々20万kLであり、限界があります。それでも政府がナフサの在庫が4ヶ月分あると発表しているのは、ナフサをさらに分解した結果得られる川下製品の在庫があるとしているからです。ちなみに、ここではわかりやすさのために「ナフサの在庫が尽きてから」と書きましたが、実際にはナフサの在庫切れを待たずに川下在庫は適宜切り崩しているでしょう。

しかしこの点に関して、経済産業省と首相の説明は食い違っているように見えます。2者はそれぞれ以下のような説明をしています。

  • 経済産業省:川下在庫が通常のナフサの生産と合わせて2ヶ月分補えるだけある
  • 首相:川中在庫が単独で2ヶ月分ある

順に見てみます。

経済産業省:川下在庫が通常のナフサの生産と合わせて2ヶ月分補えるだけある

中東情勢に関する関係閣僚会議(第2回)の経済産業省提出の資料では

※①川下在庫の活用(約2ヶ月)と、②中東以外からの輸入と国内での精製(2ヶ月)で、 化学品全体の国内需要4ヶ月分を維持。

とあり、精製分に加えて川下在庫を活用した上で4ヶ月分が維持できると読めます。

この場合、実際の川下在庫に相当するナフサ消費量は

ひと月あたりの在庫の切り崩し割合 × 2ヶ月 
= (1-0.714) × 2
= 0.572

となり、平時に生産される半月分相当の川下在庫があることになります。

首相:川中在庫が単独で2ヶ月分ある

しかし、首相の投稿では

ポリエチレン等のナフサから作られる中間段階の化学製品(川中製品)の在庫2ヶ月分(ナフサ精製が仮にゼロであっても需要を満たす供給ができる期間)

と述べられており、ナフサが全く無くなっても2ヶ月は賄えるそうです。これが本当なら、実際には原油から精製される分があるので、その不足分を在庫から切り崩すことで需要を満たせる期間がわかります。

ひと月あたりの在庫の切り崩し割合 × 月数 = 2ヶ月分
(1-0.714)x = 2
x = 6.993

と、さらに追加で7ヶ月は現在の需要を保てることになります。かなりのズレです。

繰り返しになりますが、首相は以下のようにも書いています。

また、足下では、国内でのナフサ精製の継続(約110万kl/月相当(2024年平均))に加え、中東以外からのナフサ輸入量も倍増すること(約90万kl/月相当)によって、昨年の平均的な国内需要量(約280万kl/月)を満たすにあたっても、前記の川中製品の在庫(ナフサ換算で約560万kl)を使う量も減らすことができ、その在庫期間は半年以上に伸びます。

たしかにこれで半年以上ですが、前述のナフサ在庫の切り崩しと合わせると半年どころか9ヶ月ほどあることになります。9ヶ月分もある場合、半年以上という言い方をするでしょうか?また、経済産業省が実際に需要を満たせる日数を説明しないということも考えにくいです。言うまでもなくそれが最も重要な数字だからです。

川中・川下

さらに、経済産業省が「川下在庫」についての説明をしているのに、首相は「川中製品の在庫」の話をしているのも食い違っているポイントです。ここまで当たり前のように川上・川中・川下という用語を使ってきましたが、これは説明が必要でしょう。それらが石油化学産業において何を意味するかを明確に定義しているソースを見つけることはできませんでしたが、大まかに「原油→ナフサ→エチレン等(気体や液体)→ペレット等(固体)→製品」という過程を経ることを前提に、それぞれ次の加工過程を指すと考えるのが妥当でしょう。

過程
川上 原油 → ナフサ
川中 ナフサ → エチレン等 → ペレット等
川下 ペレット等 → 製品

経済産業省はペレット等を指して川下在庫と言っています。一方、首相は「ナフサ精製がゼロであっても需要を満たす」ようなものを指して川中製品と言っているので、応用性の高いエチレン等を含めて指しているように見えます。しかしエチレン等が常温常圧下で気体として存在するため冷却の必要があるなどして大量には保存しにくいことを考慮すると、これがナフサ2ヶ月を代替可能な状態で保存されているとは思えません。ここは完全に推測です。

また、首相の川中製品が仮にエチレン等とペレット等の両方を指していたとしても、そもそも在庫状況は製品によって様々であり、2ヶ月の需要すべてを賄えるとは考えにくいです。ナフサの分解も原油の精製と同じく複数の製品が同時にできてしまい、その割合はナフサの質や精製工場によりますが一定です。特定の製品が不足しているからといって、それだけを多めに作ることはできません。需要と完全にマッチした割合で分解されるはずもありません。実際、シンナーのように法律で大量の備蓄ができない製品はかなり早い段階から出荷制限がされており、製品ごとの在庫量の差が現れていると考えられます。また川中製品の品目は非常に多岐にわたり、現時点ですべての製品の在庫が2ヶ月分ありかつその確認がとれているとは思えません。やはり、ある程度のナフサ分解があった上で、補助的にこれらの在庫を放出しているというのが現在の状況でしょう。

  • 首相の言うほどの川中製品の在庫があるならば、半年どころか9ヶ月保つ。
  • 経済産業省は「実際に需要を満たせる日数」を説明していると考えられる。
  • 多岐にわたる川中製品を2ヶ月分も保存しているとは考えにくい。

これらの理由で、この点に関しては首相の認識が誤っているのではないかと推測します。首相が経済産業省のレクチャーを表面的な数字だけで捉えてしまったのでしょう。川中と川下、これらの用語の定義の揺らぎは、現場の危機感と官邸の楽観論の乖離のひとつの現れではないでしょうか。

4ヶ月ではなく半年?

さらに先日、資源エネルギー庁の広報官から以下のような発言がありました。

資源エネルギー庁 細川成己中東情勢広報官 「ちょっと精査もしっかりして、数値も踏まえて考えてみたところ、実は、在庫が減るのをやっぱり抑えられるということなので、これまで全体で4カ月と申し上げていたところですが、減る量のペースが落ちることで、半年以上、在庫が持つと」

news.tv-asahi.co.jp

ナフサは消費量を減らすことで使い切るまでの時間を伸ばせるというわけです。多くのナフサ分解工場は3月中旬から減産に入っているので、すでに消費量は通常に比べて下がっています。

つまりこの発言は、石油化学工場が自主的に減産した結果の3月の正確な消費量が4月になって判明し、その数値で計算しなおしたら在庫の尽きるリミットが半年以上先と出たので、その値を「節約した結果の正常な消費量」のニューノーマルとして政府が追認した、ということを意味するのではないでしょうか。3月の消費量が実際どの程度か、4月30日に発表される3月分の石油統計速報を注視したいです。

ところで、政府がこのような正確な数値を伴わない情報発信をすると、「ナフサは足りているのに製品がストップしているのは誰かが買い占めているからだ」などといった誤解を生むことになるでしょう。もちろん買い占めは一部で起きているかもしれません。しかし実態は、ほとんど石油化学メーカー各社が産業の根幹が壊滅的な大怪我を受けないようにするために、今のうちからあえて小さな傷を作ることで耐えているというものです。

『日本全体として必要となる量は確保されている』という表現も気になります。その量とは一体何が何kLあるということなのか、手元にあるのか手に入る見込みなのか、政府の誰も正確な数字を言いません。これも実際の流通量が制限されていると考える理由です。ここで「必要となる量」がナフサの280万kL/月より少ない量であったら、今が通常通りだという政府の主張する幻想が崩れてしまうのです。まあしかし、そういう政府の思惑とは別に首相自身が状況を正しく理解できていないのでこのワンフレーズで誤魔化しているという可能性もありますが……。

現在のナフサ消費量推定

さて、エチレン設備の稼働率が落ちた今、ナフサの在庫が尽きるまでの期限が半年になるか計算してみましょう。

国内のエチレン設備稼働率推移を見ると、首相が計算のもとにしている2024年では平均して約80%程度の稼働があったようです。

また、設備維持の観点で最低でも7割前後の稼働率が必要とされるため、下限ギリギリで運転が続けられる見通しなので、減産した現在の稼働率を仮に70%とすると、ナフサの在庫が尽きるまでの月数は次のように計算されます。

平時の消費量 × 減産後の稼働率 / 平時の稼働率 = 減産後の消費量
280 × 70 / 80 = 245万kL

(生産量 + 輸入量) × 月数 + 在庫 = 減産後の消費量 × 月数
(110 + 90)x + 187 = 245x
x = 4.15

4ヶ月ちょっとです。これに2ヶ月分あるという川下在庫を足すと、半年以上という経済産業省の計算にぴったり合いました。

ナフサで「日本が詰む」のはいつなのか

Xでの投稿を見る限り、高市首相は状況を正しく認識できていません。残念ながらこれが日本の現在位置です。首相が当てにならないので、経済産業省提出の資料や発言にあたって政府の見解を解き明かしていきました。

現在はすでにナフサの消費量が平時の9割に落ちたモノ不足ニューノーマルの世界で、血を垂れ流しながら現場が生産調整をしているところです。政府はナフサではなくナフサ由来の化学製品の輸入も進めていますが、現時点でどれだけ調達できる見込みなのか数値では発表されていません。これをしばらく続けたのち、政府発表の通り半年後にはナフサおよび製品在庫が尽きて、ナフサ7割の世界がやってきます。少なくない製造業が倒産し、製品が身の回りから消えるでしょう。プラスチックがあまりに身近なので、ここに至ると一体どれほどの影響があるのか、想像だにできません。

そして、ナフサ7割を回避するまでの猶予は、実はほとんどないのではないかと思います。タンカーは中東との往復に45日程度かかること、ホルムズ海峡沿岸の石油関連施設が軒並み攻撃を受けていてしばらくは通常の輸出量が期待できないこと、タンカーの積荷には数日かかること、海峡が狭く世界中のタンカーが一斉に通れるわけではないことなど、理由はたくさんあります。それでも、問題の根本解決にはホルムズ海峡の通行再開しかないことは確かです。

ここでの話は日本のナフサの量的問題だけで、価格や流通の問題は考慮していません。材料費や燃料費の増分はすぐに価格に転嫁されるようになるでしょう。ものが少なくなり、ある地域では物が手に入らないことも起こり得ます。医療機関では診療報酬が固定されていて価格転嫁ができない。調達した原油の質の違いによって精製の歩留まりが落ちる。ナフサだけでなくLNGやLPG、肥料など、世界中でさまざまに影響があり、それはどこかで日本とつながっています。この複雑なサプライチェーンがいつどこで破綻するのか、僕には皆目検討もつきません。しかしマクロには、このままでは半年かけて段々とナフサ7割の世界になるというのは変わらなそうです。

なにより中東地域では今も痛ましい破壊が続いています。本当に一刻も早い終戦を望みます。

食べる(2時間半?)

朝はフルグラ。耳鼻科は休みだった。ミーティング。来年から固定の仕事の時間が減る。どうしようか考えなければならない、と思ってしまうとしんどくなる。なんとかなる。

昼はラーメンと適当炒め。しばらくボーッとしてから買い物に行く。まずアップルパイ屋さんでアップルパイ。紅玉とシナノゴールドの品種、アーモンドクリームの有無、シナモンの有無の3変数を選べる仕組み。紅玉とシナノゴールド1つずつ、全部ありで買う。パン屋でバゲットを買おうと思ったが店頭になく、17時以降の焼き上がりになるのを取り置いてもらうようにした。スーパー。野菜が高い。この国は近いうちに滅ぶと思う。ほうれん草を二袋買うつもりだったが一袋にした。

玉ねぎをすこしみじん切りにしてオリーブオイルで炒める。透き通ったらホールトマト缶を加えて加熱し、色が変わったあたりでトマトソースのできあがり。

昨日なるべく美味しそうなローストビーフのレシピを見つけて作ろうと思っていたが、いざよくよく確認すると55度のお湯で3時間加熱するとあり諦める。温度と時間がすべてと言っていい料理なのに温度と時間とついでに手順も適当に作って、見事に硬いローストビーフができた。生焼けよりは良い。

メークイン3個を皮付きのまま40分極弱火で茹でる。皮を剥いて小さく刻んでから潰す。本当は漉したいが漉し器がない。鍋に入れて温め、よく混ぜながら牛乳、次にバターを加える。塩、砂糖で味を整えてマッシュポテトの完成。粗熱をとって冷蔵庫で冷ましておく。

大量の野菜をごろっと切って、油を敷いた鍋に溢れんばかり放り込んで炒める。大量の野菜というのは、玉ねぎ1.5玉、にんじん1本、キャベツ1/3玉、ブロッコリー半分、かぶ1玉(葉っぱも)、ほうれん草1束のことだ。野菜から水が出るので焦げはしない。一度に全部は入らないので、火の通りやすいものは後から入れる。全体が1/3程の量になったら塩を加えてさらに水を出す。トマトソースを加えて混ぜ合わせたら水を加える。10分ほど煮込んだら完成。

友人が帰宅。バゲットを取りに行くよう頼んでいたので、リュックからあの紙袋が頭を出している。時はすでに18時半。買い物からすでに3時間以上経っている。19時から所属している俳句結社のオンライン句会がある(ええ?クリスマスイブに?)ので、急いで盛り付けて写真を撮る。ワインを買っておけば格好がついたが、いつものウイスキーをロックで飲むのもいい。

句会。兼題はもちろん「クリスマス」。聖なる夜に俳句のことを考える人間が20人もいる。ご飯を食べながらなのでzoomのカメラはオフで。一人5句出しで集まった全115句の中で主宰が特選に選んだのは4句しかなく、そのうち2句が僕の俳句だった。恋人はいないがクリスマスの句は得意。このように成績がいいと、もう終わっても良いなと思って話を聞かなくなってしまうので良くない。2時間半の句会終わりに気分よくアップルパイを食べる(2時間半?)。紅玉はいわゆるりんごの程よい酸味があり、シナノゴールドは甘み100%の特化型だった。どちらも美味しくて満足。ウイスキーを牛乳で割って(カウボーイという名前があるらしい)飲むが、ウイスキーの割合が少なすぎたからか別々に飲んだ方がいいという感想で友人と一致した。

大阪の人と明日どこに行くか決まっていない。正直お店はなんでもあるだろうしどこでもいいだろうと思っている。冗談でサイゼリヤと提案していたのが本当に通りそうな時間があったが、ぎりぎりで以前話していた梅田の喫茶店で集合することになった。

ぬまま湖

滋賀の友人の家。友人の朝は早い。僕の布団に気持ちのいい朝日が差すので体を起こす。友人が出勤する。TVerM-1の動画を見る。アンジェラアキが最高だった。冷蔵庫にほとんどない食べ物をいくつか取り出して炒め物にする。少しミーティング。やることはあるのに体が動かない。

昼は琵琶湖を見ながらカップ麺でも食べたい気分。残り汁を湖に捨てるわけにはいかないから、汁を全部飲んでも比較的ダメージが少なそうな鴨だしそばにする。お湯を入れて道路を渡る。湖畔のよく日の当たるところに座って麺をすする。琵琶湖ではなくカップの中の水たまりばかり見ているなと思うが、お腹の空いた男にはゆっくり湖に目をやる余裕はなかった。食べ終わって寒かったのでよく見ぬまま湖を離れた。コンビニで明日のzoom句会の句表を印刷して帰る。

オレンジ色の鼻水が出るので耳鼻科にかかろうと思うが面倒くさい、面倒くさいという気持ちに圧倒されているうちに午後はYouTubeを見て終わった。夕方買い物に出る。野菜が本当に高くなった。買い物から帰るとすぐに友人も帰宅。かぼちゃとブロッコリーのバターパスタを作る。麺が少し柔らかくなりすぎたが味は良かった。食後にzoom句会に備えて友人と僕とそれぞれ選句をする。句表は2部印刷してあった。全く違う句を選ぶから、人と句を読むのは面白い。

ベトナムもやる流れ

9時半ごろ共有スペースに降りてお茶を飲む。今日はチェックアウトだが、日中は宿にとどまるつもりだ。10時に体操が始まる。一昨日はベトナム音楽オリジナル体操だけかと思ったが、まずラジオ体操第一をやってからベトナムもやる流れだった。今日は10人くらいでやった。その後今日の体調や気分などをみんなに申告する時間。予め申告しておけばお互い変な気を遣わずに済みます、という論理。愛知の大学の教授と学生たちがゼミの一環で宿に泊まりに来ていて、このあとやるという釜ヶ崎の街歩きや詩のワークショップに全部くっついていく。夜はハンガリー人のピアニストの料理を食べる。

 

街歩きは宿のオーナーの案内で。釜ヶ崎はかつて日雇い労働者が大量に住まわされてできた街で、現在は年を取った彼らに加え、新たに生活保護受給者たちなど支援を求める困窮者が集まる場にもなっている。20年この土地に根ざしてアート活動を続けてきたオーナーだからこその話を聞けたし、さらにはとても一人では入っていけないような施設の中も見せて頂けた。偽名で口座が作れた銀行、戸籍のない子どもが通った学校、盗品が売られた泥棒市。それらは遠い過去の話では全くない。

 

宿に戻ってみんなで昼食を作って食べる。片付けてコーヒーを飲んだら詩のワークショップ。僕と35歳の飛び入り参加の男性、近所の常連のおじいさん(たけちゃん)(暇な時になんとなく来る)(何回か見たことある)(よく喋る)(日本軍とか昔のエンタメの話ばかり)、大学教授のおばちゃんのほか、大学生4人と高校生3人。オーナーを加えて偶数にして、なるべく離れた関係の人と二人組を作る。まずペンネームみたいなその場限りの名前を決めてそれぞれ自己紹介する。僕はしばらく体調が悪かったのでそうありたいという思いを込めて「とっても元気くん」とした。配られたA3の紙にクレヨンや色鉛筆を使って、自分の近況や心情を2分で絵に描く。ペアと紙を交換して、ペアに絵の内容についてインタビューをする。その話をまとめて詩にしてペアの紙に書き足す。僕のペアのたまごヤキさんの絵には、中央には何も書いていないがその周りにそれがカラフルに光っているような線が描かれている。光の色からも話の感じからもおそらく昨夜スーパー玉出に行ったことを描いたのだろうと分かるけれど、本人はスーパー玉出という決定的な言葉を出さずもっと抽象的なぼんやりした言い方をしていたので、僕がこれをスーパー玉出の看板と限定する必要はないなと思った。絵を取り囲むように黒のクレヨンで「くらやみが光っていてうれしいので入った!」と書いた。僕は鼻と鼻水とライオンとフラミンゴの絵を描いた。たまごヤキさんは僕の体調と動物たちの様子がきれいにオーバーラップするようないい詩を書いてくれた。自分の話が誰かの中を通って形を伴って出力される。自分を誰かに預けたような、預けた自分に新しく出会うような、そういう感覚になる。

 

3時過ぎにワークショップが終わる。みんなでお茶を飲む。大学生グループは4時半ごろ帰るらしいがまだ時間があるので話をする。大学生らしく就活の相談をしてきたが、僕は就活をしたことがない。僕の回答が良い影響になったかはわからない。参加者の数人と流れでインスタを交換したが、しばらくすればフォローとフォロワーの数字が増えただけのことだったと振り返ることになるだろう。

 

ハンガリー人のピアニストが帰ってきて、みんなで晩ごはんを作る。ピアニストはハンガリーのクリスマスでよく食べられるLángos(ランゴシュみたいな発音)という揚げパンに、サラダ油に漬けたニンニクのみじん切りとサワークリームとチーズをたっぷり乗せて食べる料理を振る舞ってくれた。パン生地は午前中に仕込んでいたようだ。僕は野菜と鶏のスープの鶏もも肉をしっかり焼く係を担当した。あんまり美味しそうに焼けてしまったので鶏はそのまま食べてはどうかと言われたが、スープに入っているほうが嬉しかったので入れた。Lángosはまあまあ大きいのに1人3枚くらいできてしまって、しかしとても美味しいのでみんなお腹いっぱいになりながら食べた。片付けとコーヒー。

 

突然電源が切れたスマホとパソコンを充電する間、カフェ利用で来ていた人と話す。広島から味園ビルに通ってる人で、このあとも味園ビルに行くらしい。上手ではないが人と話すのが好きなようだ。話が深まらないし、知らない人の写真をたくさん見せられて面白くなかった。それじゃ行ってきます、と立ち上がったのに本当はまだ話し足りなかったのかうにゃうにゃ言いながら戻ってくる。写真を撮ったりインスタを交換したりしてようやく出ていった。

 

大阪駅から新快速で滋賀の友人の家に向かう。大阪から滋賀は飛ばす駅が少ないから新快速も各停もあんまり変わらないなと思う。各停の方が空いているなら今度からそっちに乗ろうと決心して、京都駅でようやく座れた。

ひしめくたくさん

冬至。かなりしっかり寝て、顔を洗ったらもう他のことをする時間がない。12時に大阪の人と天王寺動物園で待ち合わせている。新世界のどこかでブランチを食べてから合流しようと思っていたが、ウロウロして結局雑踏を抜けた先のコンビニで面白くないおにぎりを買って腹に入れるだけになった。

12時少し過ぎて大阪の人が現れる。マッチングアプリの人と1か月も後に会う約束をしていたって今考えたらすごいことだ。揮発性の高いはずの関係が1か月経っても切れずにいると自然に信じられていた。たくさん話を重ねてきたから初めて会う感じはしなかった。ふわふわのマフラーに顔をうずめて、ふっくらした目のかわいい人。割とすぐにマスクをつけられたのであまり顔は見れなかった。彼女は妙に自分の容姿を低く見積もるところがあり、いいえあなたはかわいいですとこれまでも否定してきたのだが、やはり初めてで緊張しているだろうからマスクを外してほしいなどとは無理強いしないでおこうと思う。プレゼントとして数日前に特別展『鳥』の物販で買っていたお手玉サイズのモモイロインコのぬいぐるみを持ってくるのを忘れてしまい、まず詫びる。動物園に入り、まず最初に爬虫類生態館へ。ひとつひとつをじっくり見ていくテンポが僕に近い。イグアナの爪が吊り照明のシェードに引っかかっているのがまるで「やぁ!」と手を上げてくれているようで、僕もまわりの人もみんな写真を撮っている。当人はかなり困っていそうだ。僕のスマホが、突然電源が切れて再度充電するまでうんともすんとも言わなくなるやつをやりはじめた。手の焼けるスマホだ。

ツル舍。彼女は鳥が大好きで、大きなツルを前にして明らかにテンションが上っている。サバンナゾーンのカバの大きさ、ライオンの近さ、キリンの遠さ。この後バレエの練習があるので15時ごろには出るとは言っていたが、それにしては随分ゆっくり回っていると思う。鳥のセカイ。暖かい森で暮らしているはずの鳥たちが冬の日本に置かれて寒くないだろうかと心配している。遠くからでも聞こえる声で鳴くフラミンゴの群れ。まるで自分たちの鳴き声の大きさに毎回新鮮に驚いているみたいに頭を左右に振る。一羽が右へ歩き出すと群れ全体が右へ歩き出すので、日体大の集団行動を思い出して笑った。15時。動物園はまだまだ回り切れていないばかりか、ここまで以上に面白そうな場所ばかりだ。サル舎の横を抜け、駆け足でエミューのもとへ。ガラス越しにくちばしをコツンコツンぶつけてくるエミュー。よくわからないが、彼女はまだ動物園にいてもいいらしい。ペンギン、ホッキョクグマ、鳥の楽園。時間がない時間がないと言いながらしっかり全部見てまわり、いよいよ時間がないとバタバタしながら園を飛び出す。駅の方へ続く道のそばの広場ではクリスマスイベントをやっていて大変な量の人人人。早足で人々を躱しながらも、クリスマスツリーの方に近づいて写真を撮ってもいる。時間はあるのかないのか。どかどかと階段を地下へ降りて2階へ登って、結局「これに乗れないとまずい」という15時41分の電車に、本当にぎりぎり乗れたみたいだ。

宿まで歩ける距離でよかった。スマホが起動しないのを解消するには宿に戻って充電器を使うしかない。動物園のあとは滋賀の友人に大阪に来てもらって遊ぶことになっていて、本当はすぐに合流するつもりだった。さっきまでの早歩きの勢いのままこっちだと思った道をぐんぐん歩く。どうも景色がおかしい。太陽の位置を見ると僕は北に歩いているようだったが、実際は西に向かわねばならなかった。思わぬタイムロスだ。宿に戻り充電をし、結局友人と合流したのは17時ごろになった。

友人に付き合って、なんばの道具屋筋のアーケードにある道具屋でフライパンを選ぶ。いかにも料理人な鉄のフライパン。これでパスタを作ったらかっこいい、という基準のみで選んでやった。あとは特に買うものもなく何かを食べて飲むだけだ。用途のわからない道具を笑うなどいくつか店を冷やかして、アーケードを抜けると雨が降っていた。傘がなくても問題ない程度の雨だったはずが、歩きはじめるやいなや雨は強さを増していき、たちまちアーケードの屋根の下に逃げ戻ることになる。遠くない串カツ屋を検索して向かう。狭くて美味しい良い店だった。

たくさんの特徴的なバーや意匠の面白いイベントスペースを備えた味園ビルという建物が今年いっぱいで閉館になるらしいので一度行ってみたかった。しかし僕ひとりでは心細い、だから友人を呼んだ。奇妙なスロープを登ってバーが密集する2階。早速、これは面白いところに来たと満足できる異質な空間。ひしめくたくさんのバーの中には、扉を開け放しているものも、閉じて「会員制」の札を貼っているものも、葬式の祭壇が見えるものも、メイドがいるものもある。店を決めかねてロの字形のフロアを2周したあとで、ほどよく賑わっていて比較的スタンダードな雰囲気のバーに入った。店員が、ここ明日で閉店しちゃうんですよと言った。友人は滋賀に帰るので、バーに行く人間たちとしては早めの時間に解散した。

モモイロインコのぬいぐるみを渡したいから僕が関西にいる間にまた会えませんかと打診する。会う口実を作るためにわざと渡さなかったわけじゃない。渡していても別の理由をつけて会おうとしたはずだ。

想定されている世界

8時のアラーム。宿のベッドで目が覚める。昨晩はシャワーも浴びずに早めに寝たのだった。喉が乾燥しているのを感じながら、そのまま二度寝。半分寝ていて半分起きている状態を細く長く続けて、10時前にようやく体を起こす。うがいでガラガラペッと下を向くと緑色の塊が流れ消えていくところだった。朝ご飯を食べに行こうと思って宿を出たところで、宿のスタッフと近所のおじさんと思われる人がベトナム語の音楽に合わせて体操をやっている。一緒にどうですかと言われて僕も体操をする。宿が面する商店街は朝から自転車に乗った親子や浮浪者が行き交っている。「次はゴリラ〜 次は飛んで〜 次は自由に〜」などと言うのに合わせて、即興としか思えないめちゃくちゃな振り付けで体を動かす。以前この宿に泊まったときは宿の庭でラジオ体操をやっていた(それも毎日異なる言語のバージョンで)のが変化している。その変化がグレードアップなのかはわからないが、より地域に開かれている点は良いと思った。

 

モーニングをやっている近くの喫茶店を調べて、写真を見ればどこもゆで卵がついてくるようだが、ひとつ卵を出さない店があったのでそこを目指す。誰もが卵をありがたがると想定されている世界は生きづらい。店は臨時休業だった。すぐとなりの弁当屋(24時間営業!)で豚汁ぶっかけ(白ご飯に豚汁をかけたもの)に餅をひとついれてもらい、あとキムチを買う。宿に戻ると宿のオーナーが大きな鹿肉を割るように切っている。今日のご飯になるらしい。買ってきた弁当を食べ、まだ悪寒がするので明日のために今日は徹底的に休むと決める。ベッドで17時過ぎまで横になる。

 

シャワーを浴びたら共有スペースに降りる。スタッフ含めて8人が長机でご飯を食べている。この宿では昼と夜にみんなでご飯を食べることができる。みんなというのは文字通りみんなで、別に宿泊者でなくてもいい。今日の午後はこの宿で阪大の授業があったらしく、阪大の先生二人とTAの院生一人、あと謎の博学おじさんと博学おばさんがいて、全員宿泊者ではなかった。鹿肉と大根の葉っぱのチャーハン、大根と柿のなますが特に美味しかった。みんなで片付けをしてからコーヒーを飲む。阪大のグループがそろそろ帰りますと言うとおじさんもおばさんもでは私もと立ち上がり、あっという間に静かになった。つい先ほど、メール句会の選句の締切が過ぎてますがまだですかという連絡が来ていたので、詫びの返信をしてから急いで選句を済ませる。黙々とたくさんの俳句を読んでいるうちに、ハンガリー人、台湾人、スイス人などが次々宿に戻ってくる。今日のゲストは僕の他には外国人しかいないようだ。選句が終わった頃、台湾人たちが共有スペースで酒盛りを始めた。ひっそりとベッドに戻る。