わたしのみだし

見出しだけでも読んでください

女性「男追ってくる」…逮捕

午前中はダラっとしていたら一瞬で溶け、午後もなんだかんだで溶けた。

ダラっとかなんだかんだというのは、本を読んだり、Qiitaの記事を読んだり、歌を歌ったり、日向ぼっこをしたりのこと。

家にいるとあらゆる速度がカタツムリのそれになる*1ので、いつもは家から徒歩二分のサンマルクカフェに行き、仕事したり本を読んだりする。

でも今日は坂を登ってサイゼリヤに行くことにした。

なんとなく。

サイゼリヤに行くぞ!オーッ!」と言って家を出たのに、習慣は恐ろしい、あと一歩でサンマルクカフェに入りそうだった。

危ない。引き返す。

坂の途中。

下校する小学生がいる。こんな時間に登校する小学生はいない。多分。

不登校のYoutuberはいるらしいが、彼の動画をこの目で見たわけではないから真偽の程は定かでない。

小学生を追いかける恰好になる。

並行する。すぐに追い抜いてしまう。

歩幅が全く違う。思わず振り返る。

小さな彼が長い時間うらめしそうな顔して登るこの坂も、僕にとってはなんとなくサイゼリヤに行くことにしたから登ることになった大したことのない坂なんだな。

昔のことを思い出す。

僕の実家は田舎の小さな盆地にあって、町の小学生はほとんどみんな同じ小学校に通う。

〇〇町立〇〇小学校。

僕は比較的学校から遠いところに住んでいたから、家が近いみんなのことがうらやましかった。

友達の家に行くのも面倒くさかった。あまり家からは出なかった。

今調べたら2キロちょっとの道のりで、なんだそんなもんかと思うと同時に、最近2キロも歩く日あったかな、とも思った。

一度だけ片道2キロを歩くのは大したことはない。大人はなおさら。

でも毎日往復4キロを歩くのは、これはちょっと褒められていいことのような気がしてきた。

あの小学生は、誰にも褒められず毎日坂を登る羽目になった自分の生まれをうらんでいたのかもしれない。

大丈夫、すぐに大きくなるよ。 サイゼリヤモッツアレラチーズのピザを食べながら、また坂を登ってみようと思った。

*1:高速ラップを覚えるためにYoutubeを0.25倍速再生するなど。

配送不可?柔らかすぎプリン

地獄。

ブログは書くのに時間がかかるので、しょーもないギャグを時間かけて作ってる気分になって投稿に至らないことが月に1回ある。投稿に至るのが月に1回ある。ブログを書かないのが月に28〜29回ある。


5月の初め、いつものように松屋に行った。僕は基本的に異常な時間に起きてしかも限界まで外出を渋るので、家に食べ物がないと朝ごはんを16時に食べるはめになる日がある。その日はそんないつもの異常な日だった。お前の「普通」を押し付けるなよ…?

松屋に入店するやいなや、店員さんが良く通る大きな声で「いらっしゃいませ」と言った。そのとき僕はイヤホンをつけており、実際に耳に届いたのは蚊の鳴くような挨拶だった。それでも聞こえるほどの声というだけでスゲーなと思ったし、フランス語ラップの向こうから日本語が聞こえたから、なんだか久しぶりに帰国したような気分になって、牛めしの付け合わせにキムチを奮発した。

僕が席に座るやいなや、すぐに食券を回収しに来て、水を置き、他の客の食器を下げ、厨房に戻っていった。その一連の所作はあまりにもきびきびとしている。彼なら柔らかすぎるプリンでも、波風立たせず運んでみせるだろう。何者だ?と思ってネームプレートを見た。

「サービスマイスター さとう」

オナニーマスター黒沢」と同じ構造…。それはさておき、その後もさとうさんの働きぶりを目で追いかけていたが、全くサービスマイスターの名に恥じないサービスっぷりであった。マイスターのさらなるサービスを、続いての「〜やいなや」でお見せしよう。*1

厨房から出てきて「お待たせいたしました」牛めしとキムチを僕の前に置くやいなや、さとうさんは、僕がすぐに取り出せるように箸の入った箱を開けてこちらに向けてくれた。や〜…これにはまいったね。やられました。はじめての気持ち…これが恋?ってね。サービスしすぎ。どうなってんだ。

しかし箸箱オープンはまだマイスター最後のサービスではなかった。興奮さめやらぬ中箸を取り、その箸を丼に入れるやいなや、特大のサービスが僕を襲う。そう、明らかに肉の量が多いのである。おいおい!お〜い!それは"禁忌"だろ!!めくってもめくっても肉が現れる。これはやりすぎだ。マイスターの称号ほしさに、この男は違法なサービスに手を出してしまっている。

もし本当に肉の量が多かったとしたら、おたま一杯分以上の肉を盛るサービスだとしたら、この松屋はあっという間に原価率が上がって赤字になってしまう。…まさか、松屋を潰すために他のチェーンから派遣された工作員か?いや、そんなはずはない。もし工作員だとしたら肉大盛り以外のサービスはしないで、むしろぶっきらぼうな態度で松屋のイメージダウンを狙うはずだ。いずれにせよ、彼を止めなければ…。

大好きな松屋だ。マイスターが違法サービスに手を染めていないと信じたい。「勘違いであってくれ」小さく呟く。その瞬間、僕の頭に一つの考えがよぎる。

ご飯の盛り方で肉の量が増えたように錯覚させることができるのかもしれない。まず丼に米を傾斜つけて盛り、その上に肉を平たく盛る。傾斜のついた米の低い方が客の手前側にくるように提供する。すると、丼の手前に箸を入れた瞬間、客には肉がいつもより多く感じられるというわけだ。

そうか、そうだったのか…。丼の奥の肉をめくる。…ビンゴ。霧は晴れ、輝くばかりの白米がこちらを見ていた。違法なサービスではない。店にも迷惑をかけない。客は喜ぶ。しかしルールにはない。これは間違いなくマイスター自身が編み出した究極のサービスだ。

僕が席を立つやいなや、「ありがとうございました!」僕はもうイヤホンを外していたから、マイスターの声を全ての耳で受け止め、店を出た…。


*1:このエントリで「やいなや」じゃないのは、僕の「起床してから外出するまで」のところだけ。

30年後のビジョン策定

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湿った雪は夜を越えて降り続ける…(前回のエントリの続きという意味です)

 

伊佐須美神社御朱印は問題なく頂けた。他の神社だと御朱印の初穂料は300円が相場らしいが、ここは1000円要求してきた(そのかわりか、1合ほどのお神酒をつけてくれた)。あとで少し触れるが10年ほど前に本殿など複数の建物が火災で焼失してしまい、お金に困ってると見える。一口5000円で再建費用の寄付を募っている。運動会の応援席で使うようなテント(正確にはそれよりも大きなテント)を立てて、中で端から端まで大量の御守り・おみくじ・おみやげを並べている。パートだろう、売り子のおばさんがしきりに「これはものすごく霊験あらたかで人気なんですよ」と2000円の御守りを勧めてくる。こんなにあからさまにお金に困ってる神社はなんだか悲しい。逃げるようにテントを抜け、おばさんには「あなた自身はこの御守りを買いましたか」とは聞かなかった。

 

御朱印集めって要は規模のデカいスタンプラリーなのに、なんだかすごく偉いことをしているような気になる。他の並の参拝客に「あのォ!?御朱印をォ!?集めておいででェ!!?」くらい言われて跪かれてもおかしくない。しかも僕の場合、どこの神社でもいいという訳ではない。僕が集めるのは格式高い一の宮御朱印だけ。

 

されど御朱印集めは規模のデカいスタンプラリーである(二回目)。

単に御朱印をもらうだけで満足したくないなと思う。御朱印集めを口実に一の宮に参ることができると考えよう。一の宮はその地域で一番信仰の篤い神社なのだから、そこで何が祀られているかを知ることで、その地域の人々が歴史的に直面してきた問題・抱いてきた関心が分かる。例えば伊佐須美神社なら以下のように紹介されている。

 

「伊佐須美様」と親しまれている御社は歴史が古く、農林、水産、漁業、商工、土木、建築、交通運輸のあらゆる殖産興業の守護神として名高く信仰を集めています。

また、豊作祈願、商売繁盛、開運、延命長寿の神様としても名高く祀られていましたが、平成20年の火事により本殿・神楽殿・神饌所など消失してしまい、現在は仮社殿の状況です。

伊佐須美神社のご案内 | 伊佐須美神社 | 岩代国一之宮・会津総鎮守より引用)

 

(Wikipediaによると少なくとも過去6回火災にあってる。神社の守護神はいなかったのか。)

 

伊佐須美神社のそばには阿賀川に注ぐ宮川が流れている。二本の川は会津盆地の広大な稲作地帯を縦走し、たくさん富をもたらしたのだろう。当時の繁栄ぶりが目に浮かぶようであることよ。

このように、きっかけは御朱印でも、とにかく一の宮に参れば歴史に思いを馳せて土地を知ることができる。大変高尚な趣味である。次またスタンプラリーだなんて言ってみろ。神に隠されちまうぜ…?

 

そんな感じで参拝を終えた。もともと旅先での神社巡りは好きでよくやってたから、御朱印集めでモチベを加速できるのがうれしい。ちなみに一の宮御朱印を全部集めると、その御朱印帳を収める木箱がもらえるらしい。ますますうれし〜!

 

さてこの御朱印集め、気の遠くなるような話だが、30年後くらいには達成できるだろうか?

「IT的な思考で経営を」

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福島に来ている。

 

本当は4月1日に旅立つつもりで、実際一部の人にはそのように伝えていたが、新元号の発表を自宅で見たあと外が寒かったから「今日ではない」と思ってやめた。

 

2日も大概寒かったが、行くと言った手前行かざるを得ない。18きっぷを使わないまま取っておくのも惜しい。どこに行くかはあまり考えていなかった。適当に「仙台かな」と言っていたから、北に向かうことにする。色々あって22時ごろ会津若松に着いた。

 

これは余談だが、駅のトイレでウンコをしたところトイレットペーパーが無く、ポケットティッシュで拭くはめになった(そのあと全ての大便器を回ったが、どこにもトイレットペーパーは無かった。替えもない。トイレットペーパーを盗まないで!という張り紙はあった)。

 

 

会津若松に来ることになった色々というのは、ひとつには、寒いということが挙げられる。どこに行こうか決めかねてグーグルマップを眺めながら東北本線を乗り継いでいたところ、電車を降りるたび体が震える。仙台まで北上しようものならいよいよ凍えかねないので、これ以上緯度を上げないように郡山から西に逸れたのである。

 

しかし僕の考えは浅かった。電車は山に向かう。北に行くほど寒くなるのと同じように、山に行くほど寒くなる。むしろ山の方が寒いかもしれない。窓は刺すような冷気を放ち、しまいには雪が降りだす始末であった(日をまたいで夕方まで雪は断続的に降り続けた)。だから会津若松駅に着いてまずやったのは、トイレでヒートテックを二重に着込むことだった(ウンコはこの直後に)。

 

 

会津若松にいいネットカフェがあることを知っていたというのもある。駅からちょっと歩くが、あらゆるサービスが整っている。僕は休学していた頃に日本中のネットカフェを渡り歩き、それをグーグルマップで記録しておいたから、今やネットカフェについてあれこれと調べる必要がない。僕にとってネットカフェに泊まることは、調べなくて良いという理由で、すぐに手が出る選択なのだ。

 

 

しかし一番は、もっとパズル的な理由だった。

 

僕の兄のお嫁さんが結構有名な神社の娘で、3月の末に「全国一の宮御朱印帳」なるものをプレゼントしてくれた。一の宮というのは地域において最も格式高いとされている神社のことで、全国各地にめっちゃある。

 

一の宮」は、平安時代から鎌倉時代初期にかけて逐次、整った一種の社格です。それは、朝廷や告示が特に指定したものではなく、諸国において由緒の深い神社、信仰の篤い神社が勢力を有するに至って、おのずから神社の序列が生じ、その最上位にあるものが「一の宮」とされ、以下二の宮・三の宮・四の宮と順位がつけられたものです。(「全国一の宮御朱印帳」より引用)

 

今回の旅ではせっかくだからどこかで御朱印を頂いてみたかったのだが、この一の宮というのがどれも僕を試すように交通の便が悪いところにある。「旅のついでに」という気持ちでは辿り着けない。ある程度計画的に、一の宮を目的とした旅をする必要があった。

 

「全国一の宮御朱印帳」に記載されている一の宮のうち、今回僕がいけそうなもの(≒かつての陸奥国にあったもの)の候補は、以下のようであった。

  • 八槻都々古別(やつき つつこわけ)神社
  • 馬場都々古別神社
  • 石都々古和気(いわ つつこわけ)神社
  • 志波彦神社(鹽竈神社)

 

このうち志波彦神社(鹽竈神社)には行ったことがあった。御朱印のためだけにもう一度行くというのは気乗りしない。なにより塩釜だから仙台より北にある。寒い。却下。すぐに残りの4つに絞られる。

 

前3つはどれも「つつこわけ」の名を冠していて、その意味も何もよく分からずとも、互いに近くにあることだけは想像できるだろうし、実際近くにある。近くといっても広い日本の、広い地球の中での話で、地べたを這う僕のようなちっぽけな人間から見れば、そのわずか2、3駅分くらいの距離が無限にも等しい。

 

幸いその三社を結ぶようにJR水郡線なるローカル線が通っている(郡山駅水戸駅を結んでいる)が、不幸にも水郡線の時刻表はスカスカで、三度も乗り降りするとなれば一日を潰す覚悟でいなければならない(現在郡山駅では、水戸行9:18発の次は13:45発である。学校に行く中高生と、病院に行くジジババだけが使う)。つつこわけシリーズを攻略したければ、とにかく調べにくいローカルバスの運行状況を調べ、滞在可能時間や歩きにかかる時間、JRとの接続ができるかなど、よく作戦を練ることだ。悔しいが出直そう。

 

残るは伊佐須美神社だ。これは会津若松駅から数駅のところにあり、仙台より南で、近くに類似の一の宮がない(ユニークな神社である)。決まった!

 

神社が決まると、色んなことが次々と決まった。会津若松に行くこと、快活CLUB会津インター店で寝ること、翌朝はナイト8時間パックを延長しないギリギリで出て駅まで歩いてJR只見線に乗ること、参拝が終わったら七日町まで戻ってお土産とか見ること、夜は山奥の温泉旅館に泊まること、そこに予約の電話をすること…。

 

 

以上が郡山駅に着く直前の僕の思考のプロセスです。このように論理的もといIT的に思考することで、僕は西山温泉・中の湯旅館にたどりつきました。

 

では、寝ます。

 

 

縦書きでしか生きていけない

メルカリで買って届いた本を今日早速サンマルクカフェに座って読んだ。丸山圭三郎の『文化のフェティシズム』。ちょっと(かなり)古い本だけど、ソシュール研究の第一人者である丸山の思想の到達点などと紹介されていて、読まずにはいられなかった。

文化のフェティシズム

文化のフェティシズム

ソシュールは自身の思想を論文などには残していない。ソシュールが大学で行った講義で受講生が取ったメモは残っていて、思想はそこから読み解く他ない。というわけでソシュールを原文で読むというのはかなり難しい。そんな事情がなくても僕は縦書きの日本語でしか読めないけれど。

丸山圭三郎は世界に先駆けて講義メモを組み合わせて思想をまとめあげるという大仕事をした研究者だ。この人の文章は、出典や注を充実させる丁寧な研究者の文章でありながら、読み手をワクワクさせる作家のそれでもある。言葉の研究者なだけある。そういうわけですっかり気に入って、ソシュールの思想そのものはもちろんのこと、彼の言葉に飛び込んで楽しむためにこれまで『言葉とは何か』『ソシュールを読む』『ソシュールの思想』と読んできた。内容も文章も好きじゃないとなかなかいくつも読む気にはならない。大学時代に出会った中では他に河合隼雄とエーリッヒ・フロムくらいのものだ。三大好きな文章家の一人というわけ。

実際に彼の著書を読んだのは大学3年のころだった。それが今になって彼の文章への熱が再燃したのは、仕事で(教える/学ぶ)を考える上で、ソシュールの理解を深めることが、ひとつのブレイクスルーにつながるような直観があったからだ。そこでまずは『言葉とは何か』を読み返した(読み返そうと思ったら家で見つからなかったので買い直して読んだ)。短い新書だからあっという間に読み終えて、やはり言葉について考えねばならないという気持をつよめた。

言葉とは何か (ちくま学芸文庫)

言葉とは何か (ちくま学芸文庫)

とにかく読みやすい

高ぶっているところで読んだあとがきに丸山の弟子が『文化のフェティシズム』について、

丸山によるソシュール解釈の最高到達点であると同時に、丸山理論の積極的な展開の始まりとなった書物。

などと書いていたものだから、すぐに検索して買ってしまった。2日前のことである。今のところ数十ページ読んでみて、買ってよかったと言う他ない。

直観といっても、その予兆はいくらでもあった。仕事でプログラミングを教える。とかく初学者への解説は根気が要って、相手の理解度を図りながら、言葉づかいだの図の書き方だのどうすればわかってもらえるのか工夫しようと考えだせば底がない。そんな中で得た直観のひとつは『教える上では、「なぜ分からないのか?」より「なぜ分かるようになったのか?」を問うほうがよい』ということだ。これは仕事仲間と話しているうちに不意に自分の口をついて出た言葉でもある。自分の言葉に、なるほどそのとおりだと思った。このように問いを変えると、質問の相手が他人ではなく自分自身になる(そういえば誰かが汝自身を知れって言ってたな)。これでぐっと身近になる。どこから手を付けていいかわからない、何が問いかさえよくわからない難題に手がかりを見つけた。

自分自身に問うとは、ひとつには自分の過去を振り返ることである。「自分はいかにして分かってきたか?」しかしこれは過去に意識したことがなければ答えを出すのが難しい問いである。

あるいは、自分の現在を分析することである。「自分はいかにして分かりつつあるか?」「自分はいかにして分かろうとしているか?」今すぐ答えが出るわけではないが、これを継続して問うことは非常に実りあることのように思う。いまのところ自分自身の蓄えがないので、現在の自分を見つめることは分析の視点の一つというには程遠く、せいぜい問いへの姿勢でしかない。

もうひとつは、人間の本性を暴くことである。「人はいかにして分かるのか?」この問いに答えるのは、僕の場合発達心理学だった。大学では卒業に必要な学科の単位はそっちのけで他の学科の授業をとっていて、そのひとつに発達心理学の講義があった。赤ちゃんがいかに発達するかを研究する学問である。これを思い出し、体系を学ぶということ、外界の認識、人間が言葉を学ぶ過程とプログラムの実行の類似性とか(これについては改めて考えてみたい)、おいしいヒントが転がっていることに気づいた。あの学期で一番興味を持って聴いた講義だったし(建築学科の講義はひとつも面白くなかった)、いまもこうして学びを得ている。みんなも騙されたと思って受講してみよう。

ことばの発達の謎を解く (ちくまプリマー新書)

ことばの発達の謎を解く (ちくまプリマー新書)

わかりやすくておすすめ

ここまでの経緯をつらつらと書いてしまったが、僕自身これが本当に自分に起きたこととは思えない。直観にかかわる因果を、直観に至るまでの・至ったあとの出来事を時系列に乗せて述べるのは難しい。「なんか違う」とは思いつつも、一旦書き始めてしまったから書いただけ。すべてが関係しあっている。思いつくより先にわかっていたような気もするし、わかっているようでわかっていない気もする。いつからそう思ったのか、なぜそう思ったのかもわからない。ソシュール自体もともと好きで、発達心理学の第一回講義のときにこれはソシュールだ!と思って興味が湧いた、しかしなぜ好きだったのかというとよくわからない。講義や本と一緒に知らず知らず飲み込んだ種が腹の中でようやく芽吹いて、僕が「分かるということ」について考えずにはいられないよう内側からくすぐっているかのようだ。僕は何かをわかろうとして、つまり内なる目的のために講義を受けていたのでも本を読んでいたのでもない。しかし事実としていま僕は自分の口に手を突っ込んで、数年もののその実を取り出そうとしている。こんなことになるとはと思いつつ。確かなのは、そんなこんな生きているうちに、自分の「分かる」の大本にソシュール的思想があると思うようになったという感覚だけである。

今は、教えるにしろ学ぶにしろ、理解の仕組みを知ることでより効果的に行えるに違いないと考えている。さらに「あらゆる学びの対象は体系という性質を持つ(言葉が体系である以上、そこから生まれる一切は体系である)」ことからスタートして体系の本性を探っていけば、なにかすぐそこにヒントが得られるような気がしている。そのために、しばらくはソシュールと丸山の冒険の軌跡をたどってみたい。

ソシュールの言う《体系》の概念は、それまで使われていた体系と根本的に異なります。従来の体系というのは、既成の事物がどう配置されどう関係づけられているかという表なのですが、ソシュールの場合には、もともと単位 unité という客観的実体は存在しないというまことに不思議な体系を考えています。その体系の中では、個々の単位の大きさとか価値 valeur はネガティブにしか定義されない、と言うことができるでしょう。(中略)存在するものは隣接する他の諸項と、全体との、二つの関係だけから生れる大きさでしかありません。(『言葉とは何か』p132-133)

サンマルクカフェにて、精緻な分析と密度の高い文章にすっかり引き込まれてしまった。

読みながらザッとまとめた文化のフェティシズムの序章のメモを貼っておく。彼がソシュールに出会うまでに感じていた現実不信感などは非常に共感することが多く、ソシュールに触れたときの静かな衝撃はひしひしと伝わってくる。これを読んだ人にも輝くばかりの原文を読んで、一緒に丸山青年の知的興奮にあてられてほしいけど…。

胡蝶の夢 ―序に代えて―

丸山は小学生のころより大学生に至るまで、様々な読書体験をし、その都度次のような感覚を抱いていたという。

「月と雲」から太宰治を経てJ・グリーンへとのめりこむ過程は、一貫して「何故」を問うても答えのない現実不信、現実気迫感であった。

その後丸山はひょんなことからソシュールに出会い、衝撃を受ける。

(前略)ソシュールの手稿9に見出した次の文はまことに衝撃的であった。

 事物そのものに先立って事物と事物のあいだの関係が存在し、その関係がこれら事物を決定する役割を果す。(……)いかなる事物も、いかなる対象も、一瞬たりとも即時的には与えられていない。

これを読んだ私には、従来の観念論、実在論がともに疑ってみようともしなかった<ロゴスの現前>が、ソシュールによって根柢から覆えされたと思えた。文化現象の一切は表象によって二次的に生み出された共同幻想の世界で、その表象すらももともとは存在しなかった関係の網の目に過ぎない、という考え方は、ヘレニズム、ヘブライズムの正嫡である西洋近代思想をその根源から揺さぶる。絶対的神も理性も世界の理法もア・プリオリではない。この視点に立ってはじめて、従来は非合理ということで学問の対象とは認められなかった無意識とか夢とか狂気、観念の名のもとに隠されていた身体性、あるいは身体性のそこにある欲動の世界が照射されるのではあるまいか。

ここに引用されているソシュールの言は彼の思想の中心であり、今後の議論を理解する上で非常に重要な概念である。

そして何よりもまず、この思想家の考え方は<アニマル・シンボリクム animal symbolicum>としての人間文化の病状告発にとどまらず、その原因の診断に、つまりは「何故」の問題に立ち入ることを可能にしてくれるように思われたのである。

患者自身による病気の告発、医師による診断、治療という一般的な流れが、我々を覆う様々な<文化の病い>にも重なることを言い、その上で当時の思想界を

一方にやたらと病状告発に精を出す論者がいるとすれば、他方には請求に処方箋を求める読者がいるように思われる

と断ずる。 丸山が飲み込んだソシュールの思想は、思想界の無益なすれ違いからみなの目を覚まさせる強力な武器になった。ソシュールの見方でもって現象を理解しようという過程自体が、様々の問題の解決に至る道なのではないかと信じて。

本書は、<処方箋なき診断>が果たして<治療>の一歩となり得るかどうかを探る一つの試みにほかならない。

転がしておくのが最も安全?

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パッと見「触らぬ神に祟りなし」っぽいけど全然違う気もする。しかし何が違うのか明確に説明できない。それはそうと、考えなしに立ち上がらせてまた転ぶ危険を考えたら、たしかに転がしておくのが良い気がする。何を?

 

いやはや、読解力のキワキワを攻めてくる見出しだ。

 

 

Rails Tutorialという、Ruby on Railsの無料教材でめちゃくちゃ有名なやつがある。これの勉強会を週1でやることになった。僕の提案で。

 

railstutorial.jp

 

気づけばすっかり「プログラミングができる人」扱いになっていて、なんだか不思議な気分だ。実際それなりに勉強してきたから、それなりのことはできるようになった。一年前とは見える景色がずいぶん変わってしまった。

 

はて、なぜ僕は勉強してるんだろう?

建築学科にいた頃は意地でも建築の勉強なんかしなかったのに…。

 

 

多分、突然「教える」立場になったのがデカい。

僕も知らないことがたくさんあるのに、遠慮なしに質問が飛んでくる環境。この環境で鍛えられた感じがある。質問に答えられるよう、勉強しなければならなかった。言外の圧力は強い。

建築学科の卒業制作では、四年生が後輩をヘルパーとして雇い、自分の作品作りを手伝わせる。ここでは、おそらく四年生自身に最も学びの効果がある。僕はヘルパーを雇わなかったのであくまで推測ですが…。

 

話はもどって…。

 

教える立場になって得られたのは単にプログラミングの知識だけではなかった。

例えば、たくさんの「わからない」に触れたことで、「なにが理解を妨げるのか?」に敏感になり、教え方をデザインできるようになってきた(気がする)。

せっかく得たノウハウ。ちょっとずつでも言語化した方がいいなと思って、短くふんわり「教えること」について書いてみる。

 

ここで、『エンジニアの知的生産術』より一文だけ引用。

 

一人の人だけから学んでいると、その人の部分集合になります。

 

だからよくないよ、みたいな内容(雑だな〜)。詳しくは買って読みましょう。

 

www.amazon.co.jp

プログラマではなくエンジニア。「作る」人全員に激おすすめの本)

 

ふむ、では僕だけとの「教えるー教わる」関係はよろしくない。

じゃあ僕はどうプログラミングを「教える」か?

 

ここで浮かぶのは、プログラミングを学ぶ上では、「文章で概念を掴む学び方と、コードを読む学び方があり、どちらも必要である」という直観だ。

概念の説明だけ読んでも実際にコードを書けるようにはならない。逆に、元になっている概念がわかっていないのにコードの一部を読んでも、何がしたいのか全くわからない。コードは概念をもとに組み立てられるものだが、その概念は実際にコードの形で利用可能でなければ意味を持たない。

コードを行動と読み替えても通じる(コードと行動は似ているので)。すると、概念は何と読み替えられるか?僕は言葉だと思う。概念とコードの関係は、この意味で、言うことと実行することの関係に似ている。

 

僕は、たとえば、親が子にいくら勉強しろと言っても子は自発的に勉強するようにはならないと思っている。

自分が勉強しないのに、それを知る人に「勉強しろ」なんて言っても響かない。人は言葉のみによって学ぶのではないから。子は勉強する人を見て勉強を学ぶ。かといって、勉強ばかりしていても自分の頭が太るだけ。「勉強すること」を人に伝えるには、やはり言葉は必要不可欠だ。

 

人は、言に学び、行動に学ぶ。だから、教えることとは、有言実行することだ。

 

言葉と行動が時間的に直列ではなく並列の関係にあるという点で、有言実行の本来の意味とは異なっているけれど、僕にはこの表現がしっくりくる。 

僕は、ただ自分の言葉と行動を他人に学ばれるものと認識し、高めていけばよい。

 

僕が教えるときは、相手の横に座って自分でコードを書く様子を見せながら説明するようにしている。すぐにはわからないことでも、隣で調べる様子を見せる。そうして「プログラミングを(学ぶ/する)とはこういうことなんだ」と学んでもらう。

 

経験に依拠するガバガバな論理だし、偉そうに書いておきながら結局何度も先人に聞いたような結論ではあるけれど、ようやく自分の言葉と行動で理解するに至った。

 

 

自分が勉強している姿を見せているから「勉強っていいよね」と言える。子に「勉強っていい」と思わせられる。

僕が子にできることはそれだけ。

行動の伴わないことは言わず、子は転ぶ方に転がしてやろう。

 

 

そういえば、建築家がどうやって建築を作り上げるのか、僕は全然知らないな。

建築について、いよいよ何も学んでない。

結果にこだわってみよう!

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「はいじゃあこれ読んでるみんな、せーの!で結果にこだわってみよう!」

 

どうしても結果にこだわれない人に「結果にこだわってみよう!」とやる気を押し売る人は、何かを失っている気がする。やる気の押し売り、若気の至り。学科同期だったR川くんのことでは決してありませんが…。

 

 

崎山蒼志(15か16歳)の曲もそうだし、この前ボケ〜っとして買った詩集(21歳くらいの)もそうだけど、年下の作品で「味わい深け〜」と思うことが多い。単に年取って年下の母数が増えてきたから、というだけではなさそう。

 

昔行った街の鮮やかな写真を見ているような気分だ。「こんなとこあったな」あるいは「こんなとこあったっけ?」。歳取るのも結構いいものだなと思う。僕に何かが積もれば積もるほど、彼らの作品は彩度を増すのだろう。

 

僕が年齢とともに(年齢と引き換えに)得ているものは何?

 

それを得ること、を目的にしたことはなかった。いわば影のように、僕が前に進むとき勝手について回るものだから。たまに振り向いた時にだけ意味を持つものだから。

 

「飲み会で話せるように面白いエピソードをためておくようにしている」という人がいる。しかしそれはスキルのように役立つよう、加工した過去だ。たぶん役に立たない過去もたくさんあって、それも僕は得ている。

 

 

仕事柄、エネルギッシュな大学生と触れ合う機会が多く、いい刺激になる。いつまでも若々しくありて〜し、一方でいい感じに歳を重ねてナイスな大人になりて〜…。

 

今日はここまで。

あっ!あけましておめでとうございます!