わたしのみだし

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ひしめくたくさん

冬至。かなりしっかり寝て、顔を洗ったらもう他のことをする時間がない。12時に大阪の人と天王寺動物園で待ち合わせている。新世界のどこかでブランチを食べてから合流しようと思っていたが、ウロウロして結局雑踏を抜けた先のコンビニで面白くないおにぎりを買って腹に入れるだけになった。

12時少し過ぎて大阪の人が現れる。マッチングアプリの人と1か月も後に会う約束をしていたって今考えたらすごいことだ。揮発性の高いはずの関係が1か月経っても切れずにいると自然に信じられていた。たくさん話を重ねてきたから初めて会う感じはしなかった。ふわふわのマフラーに顔をうずめて、ふっくらした目のかわいい人。割とすぐにマスクをつけられたのであまり顔は見れなかった。彼女は妙に自分の容姿を低く見積もるところがあり、いいえあなたはかわいいですとこれまでも否定してきたのだが、やはり初めてで緊張しているだろうからマスクを外してほしいなどとは無理強いしないでおこうと思う。プレゼントとして数日前に特別展『鳥』の物販で買っていたお手玉サイズのモモイロインコのぬいぐるみを持ってくるのを忘れてしまい、まず詫びる。動物園に入り、まず最初に爬虫類生態館へ。ひとつひとつをじっくり見ていくテンポが僕に近い。イグアナの爪が吊り照明のシェードに引っかかっているのがまるで「やぁ!」と手を上げてくれているようで、僕もまわりの人もみんな写真を撮っている。当人はかなり困っていそうだ。僕のスマホが、突然電源が切れて再度充電するまでうんともすんとも言わなくなるやつをやりはじめた。手の焼けるスマホだ。

ツル舍。彼女は鳥が大好きで、大きなツルを前にして明らかにテンションが上っている。サバンナゾーンのカバの大きさ、ライオンの近さ、キリンの遠さ。この後バレエの練習があるので15時ごろには出るとは言っていたが、それにしては随分ゆっくり回っていると思う。鳥のセカイ。暖かい森で暮らしているはずの鳥たちが冬の日本に置かれて寒くないだろうかと心配している。遠くからでも聞こえる声で鳴くフラミンゴの群れ。まるで自分たちの鳴き声の大きさに毎回新鮮に驚いているみたいに頭を左右に振る。一羽が右へ歩き出すと群れ全体が右へ歩き出すので、日体大の集団行動を思い出して笑った。15時。動物園はまだまだ回り切れていないばかりか、ここまで以上に面白そうな場所ばかりだ。サル舎の横を抜け、駆け足でエミューのもとへ。ガラス越しにくちばしをコツンコツンぶつけてくるエミュー。よくわからないが、彼女はまだ動物園にいてもいいらしい。ペンギン、ホッキョクグマ、鳥の楽園。時間がない時間がないと言いながらしっかり全部見てまわり、いよいよ時間がないとバタバタしながら園を飛び出す。駅の方へ続く道のそばの広場ではクリスマスイベントをやっていて大変な量の人人人。早足で人々を躱しながらも、クリスマスツリーの方に近づいて写真を撮ってもいる。時間はあるのかないのか。どかどかと階段を地下へ降りて2階へ登って、結局「これに乗れないとまずい」という15時41分の電車に、本当にぎりぎり乗れたみたいだ。

宿まで歩ける距離でよかった。スマホが起動しないのを解消するには宿に戻って充電器を使うしかない。動物園のあとは滋賀の友人に大阪に来てもらって遊ぶことになっていて、本当はすぐに合流するつもりだった。さっきまでの早歩きの勢いのままこっちだと思った道をぐんぐん歩く。どうも景色がおかしい。太陽の位置を見ると僕は北に歩いているようだったが、実際は西に向かわねばならなかった。思わぬタイムロスだ。宿に戻り充電をし、結局友人と合流したのは17時ごろになった。

友人に付き合って、なんばの道具屋筋のアーケードにある道具屋でフライパンを選ぶ。いかにも料理人な鉄のフライパン。これでパスタを作ったらかっこいい、という基準のみで選んでやった。あとは特に買うものもなく何かを食べて飲むだけだ。用途のわからない道具を笑うなどいくつか店を冷やかして、アーケードを抜けると雨が降っていた。傘がなくても問題ない程度の雨だったはずが、歩きはじめるやいなや雨は強さを増していき、たちまちアーケードの屋根の下に逃げ戻ることになる。遠くない串カツ屋を検索して向かう。狭くて美味しい良い店だった。

たくさんの特徴的なバーや意匠の面白いイベントスペースを備えた味園ビルという建物が今年いっぱいで閉館になるらしいので一度行ってみたかった。しかし僕ひとりでは心細い、だから友人を呼んだ。奇妙なスロープを登ってバーが密集する2階。早速、これは面白いところに来たと満足できる異質な空間。ひしめくたくさんのバーの中には、扉を開け放しているものも、閉じて「会員制」の札を貼っているものも、葬式の祭壇が見えるものも、メイドがいるものもある。店を決めかねてロの字形のフロアを2周したあとで、ほどよく賑わっていて比較的スタンダードな雰囲気のバーに入った。店員が、ここ明日で閉店しちゃうんですよと言った。友人は滋賀に帰るので、バーに行く人間たちとしては早めの時間に解散した。

モモイロインコのぬいぐるみを渡したいから僕が関西にいる間にまた会えませんかと打診する。会う口実を作るためにわざと渡さなかったわけじゃない。渡していても別の理由をつけて会おうとしたはずだ。